横浜地方裁判所 昭和53年(ワ)1871号 判決
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【判旨】
一請求原因1の事実及び2の事実のうち原告主張の合意に本件(一)の土地が含まれていたとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、右合意にいう南側四メートル道路とは、本件(一)の土地を指すことが認められ、乙第五号証の私有道路寄付のための事前調査依頼書に添付された図面には、本件(一)の土地が含まれていないが、右書類は福太郎が右の合意の成立を争い始めた昭和五〇年に作成されたものであり、右の合意の内容を正しく反映しているものと認めることはできないから、右認定を妨げる証拠とはなし難く、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。
被告は、右の合意は、本件(二)の土地の東側に東西に走る道路と南北に走る道路とについてなされた旨主張するが、<証拠>によれば、本件(二)の土地の東側の南北に走る道路の幅員は六メートル(右道路の南端附近の一部は四メートル)であることが認められ、前掲甲第三号証に明示されている南北側四メートル道路との記載に合致せず、また、右甲第三号証には、東側道路、南北側道路と記載されており、これを被告の主張するように本件(二)の土地の東側に東西に走る道路と、東側を南北に走る道路を指すものと解することはその文言上も無理があるものというべきであり、本件(二)の土地の東側にある道路と南側、北側にある道路と解する方が、より右の文言に合致する(もつとも、北側の道路は、証人内野孝幸の証言によれば、後に開設しないこととなつたことが認められる。)。それ故、被告の右の主張は採用することができない。そして、<証拠>によれば、右の合意は、原告が本件(二)の土地を買い受けるにあたり、公道への交通を確保することを目的としてなされたものであること、福太郎は本件(二)の土地を含む工場団地全体の造成、分譲を企画、遂行した中心人物であつたことが認められるところ、これらの事実に照らすと、福太郎が、右の合意において、原告に対し作為給付義務として本件(二)の土地の東側、北側及び南側(本件(一)の土地)に道路を設置し、これを横浜市へ譲渡することを約したのは、右公道への交通確保の目的を達成する最善の方法であると認識していたからであつて、右の道路の設置とその譲渡が完了するまでの間はもちろんのこと、仮に何らかの事情で右の道路の設置が不能に帰した場合においても、原告が右の道路設置予定地である本件(一)の土地を利用して公道への交通を確保することを妨げないことをも約したものと解することができるのである。また、右の原告の公道への交通が、徒歩に限られず、自動車によるそれも含まれると解すべきことは、右の予定道路の幅員、本件(二)の土地が工場団地の一画として売買されたことなどにかんがみれば明らかである。
(小川正澄 志田洋 竹内民生)